『水の大師の姉弟』について/監督:今野裕一郎


この日上映されるドキュメンタリー映画『水の大師の姉弟』は、京都造形芸術大学の卒業制作でつくりました。二年生の時、淡路島の海沿いを自転車で走っていたとき出会ったおっちゃんとおばちゃんがいて、その人たちが住んでいた水の大師荘は以前は流行った料亭宿で大学生の僕らが出会ったときは建物はぼろぼろで、誰もいない空家のようで人も寄りつかず、1995年の震災と毎年くる台風の被害、そして明石海峡大橋が出来た影響でお客さんもほとんど来なくなってました。



出会った二人は姉と弟の関係で不思議な魅力があり、話も面白くて何度か訪れたあとカメラをまわし、二人のドキュメンタリーをつくることに決めたことを当時先生だったドキュメンタリー映画監督の佐藤真さんに相談したら、どれだけ彼らと関係を作れるかということでした。



そのあと淡路島で地元の人に空家を借りて、そこから通って撮り続けました。大学三年と四年は水の大師荘に通ってばかりでした。人と出会うこと、もちろん最初は楽しいです、新鮮ですから。そのあと関係を続けていくことで色々なことが変わっていきます。その関係の変化や、水の大師荘のおっちゃんとおばちゃんの苦しい生活に対して何もしてあげることなど出来ない僕たちは、カメラを向ける暴力と向き合いながら挫折し、それでも淡路島に住み込んでは通い、二人に会いに行きました。



一年くらい他者でしかない僕たちはカメラを通したり通さずして向き合って、喧嘩したり笑ってご飯を共に食べたり、どんどん関係も変わり、この映画を構想したとき最初に考えていたところから変化していくことを感じました。映画が日常をとらえ始め他者で距離を縮めたり離れたりしながらいままで二人が見せないところまでカメラが入っていくようになりました。



撮影してるスタッフと被写体になっている二人のなにかが写り始めていることに気づいたのは編集のときでした。編集は一年かかりました。途中で見せた佐藤さんの反応は厳しく、苦しみました。



そして撮影した膨大なテープを何度も見返すなかで息を吹き返してくる素材の魅力を発見していきました。何度も見つめた先の出来事です、とにかく見ました。なにが写っているのか。なにが写っていないのか。あの編集と再撮影しかしなかった一年は、今までの人生で最も学びがあったと思います。



とにかく厳しい批評の目を向けていただいた佐藤さんには感謝しかないです。ほんと厳しかったけど、思考の果てに感覚が動いていくことに、今まで近くにあったのに気づかないものに触れたような、そんな気持ちでこの作品を仕上げていきました。あのとき出来ることの全てを出して完成させました。水の大師荘の二人と家族とも違う特別な関係を築きながらもつくる映画が全てでした。他者や世界を見つめることに関しては、演劇をつくるときもこのときの体験がいまも残っていると思います。水の大師荘の二人の生活が記録されている映画です、あのとき僕らといたおっちゃんとおばちゃんが写ってます。人と人がそこにいて、貧しさがあり、喜びもあり、通り過ぎていく車の音と海の音と、僕たちの間にあるものが映画にあるとおもいます。



『水の大師の姉弟』は初めて映画館でかかります。佐藤真さんがあのとき観て泣いてくれた飛ぶ鳥のショットも。どこまでも原点です、与えてくれたのはカメラを持つ僕たちを受けとめてくれた水の大師荘の二人がいたからです。もう、あそこに二人はいません。会えなくなってしまいました、廃墟になって誰もいませんが建物は残っています。淡路島の海辺に、あそこにいた記録、映画は残ります。それを強く感じる上映で、ほんとにポレポレ東中野には感謝してます。小原さん、ほんとにありがとうございます。一夜限りですが、明後日23日の深夜に上映します。ぜひこのドキュメンタリー映画『水の大師の姉弟』を観ていただけたらと思います。



『グッドバイ』公開記念・今野裕一郎作品オールナイト上映

@ポレポレ東中野
3月23日(土)
24:00〜プレトーク開催
ゲスト:宮沢章夫(劇作家/演出家/小説家)、南波典子(『3人、』出演)
上映作品:『グッドバイ』『水の大師の姉弟』『信じたり、祈ったり』『三人、』


前売券 ¥2,000
当日券 ¥2,300

・ポレポレ東中野窓口
・ぴあオンライン Pコード559-667