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こんにちは。寒い日々ですね。
文鳥のほわは簡易ヒーターに寄り添って寝てます。うちはカーテンがついてないのが問題で、カーテンって邪魔だし狭くなるんだよなと思いながら、今の季節になると絶対いるよなってなって、そしてまた春には忘れてしまうのをくりかえしてます。つまりカーテンはないです。

先日、1月22日に『黒と白と幽霊たち』というパフォーマンスを西麻布にあるKREIという場所でやりました。演劇です。一日限りでしたが沢山のお客さんに見に来ていただき、出演者や関係者の皆さんにも感謝しております。このKREIという場所は、去年の初夏に『YOUNG YOUNG MACHINES』というものをワークショップ参加者のみんなとやりました。これは、自分にとって新鮮な試みでしたし刺激があって、KREIが持っているものがなんとも歪で気に入っているのもあり、いまだ記憶の中には強く跡が残ってます。そこに上書きというか、空間に重ねていってるような感覚がある作業となりましたが、去年ツアーで各地を回ったこの『黒と白と幽霊たち』は、もはやどこでも強く現れることができるし即興性も高いので、もっとやっていくべきだと改めて思う、そんな公演となりました。
去年の経験は大きかったし舵を切れました。
変容していくものに逆らわず群れることなくやるだけです。

そしてほんとに急遽ですがお話をもらい、早稲田どらま館で二月に公演をやることになりました。二月って寒いし結構大変な公演になるので悩みましたが、せっかくの機会ですし引き受けました。準備期間が少ないのですが、軽やかにやってみようと思ってます。でも、この時期といえばまずはこどもえんげき部なので、これも大切にしようと思ってます。
ひとまず、WSオーディション「四回転」が2月3日と4日に早稲田であります。
早稲田でやる公演への参加者と出会うかもしれませんし、今年やるバストリオの公演に参加する人と出会えるかもしれません。縁なので出会って始まることです。応募お待ちしてます。

何はともあれ風邪だけはひかないようにってことです。

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新年明けましておめでとうございます。
2017年はいままでとは違う方向に舵を切るつもりです。つくることで色んな人達に出会うことはいつも喜びです。これからもどうぞよろしくお願いいたします。
バストリオはまず、1月22日に『黒と白と幽霊たち』を2回やりますので、どちらかの回に是非見に来てください。サイトに情報はあります。
busstrio.com

ここ数年、身近にいる人たちの死や別れと向き合うことが続いて、その中で二年近くかけて考えてきたことが去年の12月から正月にかけてゆっくりと自分の中で動き始めてます。いつだって矛盾したものを抱えたままで、それでも行ける幅を広げるためにはどうするべきかという問いかけと向き合ってじっくり過ごしてきたことで、徐々に新しいことができるようになってきました。もっと良くなっていく意志があります。この一年は少し違ったかたちで強く動いていきます。
自分の家のなかで一緒に暮らす文鳥は生きてます。カゴから出すと勢いよく飛び回ってます。
そのことが与えてくれる喜びは素晴らしいです。

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新作映画の本を書き終えました。
あとは撮るだけです。

モチーフは同じじゃないし飽きることなどないし知った顔をする気もない。やることをやるだけだ。だからって同じことをしても意味がない。演奏の仕方は変わっていく。知った顔して言葉を操ってもしょうがない。言葉は言葉になってしまうだけだし、ここにあるもんなんて知ったこっちゃない。作ったものがすべてだ。それ以上でも以下でもない。いつだって良いものを作るつもりだ。自分にとって。誰かにとって。そこから色々と自由に受け取ってくれる人たちには最大限の敬意を持ってる。

今年も終わります。会った人には沢山作ってるね、と言われるけど、そう思わないですしごく自然なこととしてやっていってます。沢山作ってやろうなんて思うことはないし、一つ一つが大事です。注ぎ込みますし、実験でなく、新しいものへの意志です。古いものは新しいし新しいものなんて古い。このように言葉なんて並べると厄介です。先人への敬意はいつだって持ち続けてます。自転車を直してくれた北千住のおじさんにも、池袋のはずれで美味いチーズケーキを作るお姉さんにだって。そんな風に街を歩いて、仕事をして、誰かに出会って別れてやっていきます。群れたり慣れあったりするよりどこにでも赴いて身一つで出会いますし、家は一体どこにあるのかって話です。もっと敬意ってもんを優先したいです。

まだ2016年はあと10日間ほど続きます。
こどもえんげき部とバストリオ忘年会と友人たちとの集まりが待ってます。
また会いましょう。

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文鳥との付き合いも一年以上が経っている。
最近仲がいい。よく鳴いている。音の出る場所へと耳を澄ましているのか籠から出してそばにいると唇に向かって飛んできて飛行しながらくちばしで唇を強く挟むのですごく痛い。で、さっきのことなど忘れて鳴いている。そして籠に戻す。

この時期はいつも調子が悪い。
本を書いたり、データ整理したり、仕事したりで日々は過ぎていく。
2016年も第二言語を増やせなかった。

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ジム・ジャームッシュがとても好きだ。いやものすごく好きなんだと思う。
先日久しぶりに見た『ナイト・オン・ザ・プラネット』で泣いてしまうくらいだ。
でも、一番好きなのは『デッドマン』だ。これは何度見たかわからないくらいだ。
新作も楽しみだ。

来年、1月22日、西麻布KREISALONにて、『黒と白と幽霊たち』を東京で一日限りやります。
楽しみだし、先月四都市を回ってきたこれを来年一発目にやれることは良いことだ。
2017年は東北ツアーでもやりたいと思う。

穏やかに過ごしたいけど、腹も立つ。
アレッポでここ数年起きている残虐な犯罪行為は許されるわけがないし、あの街で起きてることから遠く離れても想像力を使うだけだ。人が人を殺し続けていることから目を背けるのは難しく、それでも東京で日常を過ごしていく。はっきりとジェノサイドには反対だ。一人でも多く生きていてほしい、と祈るような気持ちが今ここにある。

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よし、書こう。
寒くなってきて文鳥のほわも乾燥しているのかよく水浴びしている。
玄関に生えている木には赤い実がなっている。

バストリオのことを。
四年目となった足立区でやっているこどもえんげき部。
気合いも入ります。毎年どんどん人数が増えているのですが、いよいよ20人となって、目も回るくらいにそれぞれの子供たちを見つめてます。まだ名前を覚えれてないけど今年中には全員の名前を頭に入れておきたい。やりがいがある仕事です。みんなの未来でいつかわからないことにであった時、自分自身で考えることができたら、その瞬間を楽しんで明るくすることができたら、どんなにいいだろうって、伝わるかでなくて伝えるつもりです。

今年は酷いことが沢山あった、そしていろんなことを知った。出会いと別れは同じようにあった。
『SELF AND OTHERS』、『あたらしい朝』、『YOUNG YOUNG MACHINES』、『黒と白と幽霊たち』、『わたしたちのことを知っているものはいない』、ワークショップの回転シリーズと初の4都市ツアー、これらと共に生きた日々だった、そして日常のことを丁寧に大事にやってきた。小さなことは無視され踏み潰されていくけど、それでも光を、という気持ちがある。今も。いつだってユーモアは希望だ。
感謝は忘れないように。

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バストリオ『黒と白と幽霊たち』、4都市ツアーが終わりました。
全4都市で5公演、各地でいろんな方々に見ていただき、良い出会いが溢れていました。
様々な想いが溢れてますが、まずは関わってくれたすべての人たちへの感謝があります。
本当にありがとうございました。

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11月25日、大分にいます。いい朝です。晴れてます。
大分で有名なアトホールというライブハウスの入ったビルの4階に今は泊まらせてもらってます。家みたいな暮らせる場所で、リビングには各地でいただいてきた名産品がテーブルに並んでおり、食べ物にはまったく困りません。

ここまで4都市ツアーをバストリオと松本一哉さんで繰り広げてます。
今年の夏、8月に東京・谷中にある宗林寺で開かれた萩フェスというイベントで上演した『黒と白と幽霊たち』を、改めて橋本和加子を加えて短い期間でリメイクして、そのままツアーへと突入しました。
この西日本へと向かうツアーが、自分自身の活動に与える影響は大きいだろうと初めから考えていました。これまで演出家として、様々な場所を空間的に扱うことにおいてはこれまでの経験で獲得してきたのですが、次はいよいよ時間だと思っていて、その場所ごとに伸び縮みするはずの時間を、タイムラインを、独立させて並走させるという感覚を得るためにも、定まらない空間を回ってやっていくツアーをやることで発見があるだろうという、修行のような気持ちでした。次にやることが見えてきたタイミングで、松本一哉さんにツアーのアイディアをもらい、そこから紆余曲折ありましたが念願のツアーに出ることになりました。

20日に東京を出発してから、そのまま静岡県浜松の鴨江アートセンターで上演でした。小屋入りして三時間で本番という時間のない中、お客さんがくるかもわからないという状況で、見に来てくれた方々を前に上演したこの一回でモノにしたものは正直大きかったです。力のある役者たちと松本さんが空間に与えたものによって、生きもののように建物が返事してきてるような、バラバラなままで一体化してるような、すごく貴重な上演となりました。この元拘置所という特殊な空間はとても面白かったです。反応も良くて、伝わるぞという手応えがありました。
21日は京都・極楽寺にて上演しました。浜松公演とは全然違うものになり、強度はそのままに変容を受け入れていくものになっていくのが面白かったです。お客さんでお堂は埋まってギュウギュウでした。11月の初めにやった『わたしたちのことを知っているものはいない』で制作手伝ってくれた加藤さんや音響をしてくれた林さんがきてくれて嬉しかった。12歳の子が見た後に興奮していたのでとても嬉しかったです。アンケートに、「こんなことをやりたいです」というようなことを書いてくれました。
22日は移動日で、23日に小倉のエンゲルというスペースでやりました。
移動してそのまま会場で寝て、準備して本番を迎えるというリズムにも慣れてきて、また全然違ったものをやりました。
この日は今年亡くなったばあちゃんに挨拶するために朝から叔父さんと叔母さんにお世話になり、仏壇とお墓参りが出来て、いろんな気持ちが強く出ていくような回となりました。会場にあったピアノで稲継美保に音を出してもらうという小さな演出をしたり、試しながら、それぞれが毎回違うものを提示していくことで『黒と白と幽霊たち』は強くなっていきます。それは面白いとしか言いようがなく、目標の数のお客さんも見に来てくれました。その中に四年前の「フリー」というワークショップに来てくれた大亀さんがいて、本当に嬉しかった。こんな嬉しいことないよ、ってくらいでした。わざわざ広島から新幹線で来てくれて、どうしても見たかったと言ってくれて、感動しました。これまでのツアーの地で来てくれた方々、関わってくれた方々には感謝しかないです。

そして大分へと着きました。
美味いもん食べて、残り二回の本番を、大分舞台芸術フェスティバルでやります。
すでに得るもんは大きいのですが、この二回でまた上がると思います。
九州に知り合いがいる方など、ぜひ。良いものを見せたいと思ってます。

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バストリオ『わたしたちのことを知っているものはいない』を、京都と東京の二都市で上演しました。
すごいペースで生み出してきて、ここで一つ、遠いものと向き合うことは何よりも大きな挑戦だったのですが、
素晴らしい役者たちとスタッフの皆さんによって、このようなものになったか、という達成がありました。
日々、役者たちによって強くなっていくのを見ました。
お客さんで来ていただいた方々も、気にしてくださった方々もありがとうございました。

この作品によって捉えようとしたものは初めから茫漠としており、それをフィクションで積極的に埋めようとはしませんでした。
そのとき引き寄せてしまうことになるであろう私性に繋げることなく、断絶したまま、それでも進んでいくタイムラインと身体がありました。ここで一度向き合うべきものだと考えてやりました。
この上演の反応は見事に分かれたようで、どんな反応であってもありがたいです。演劇と関係ない人たちのアンケートの反応はありがたいものばかりでした。わざわざ終わってから僕に「面白かった」と話しかけてくれる知らない方々がいたことは励みになります。この上演が演劇初心者には伝わらないとかありえないのは、いつも演劇関係者のお客さんが少ないバストリオは知ってますし、観客の想像力には常に期待してます。いろんな考えを持つ他者と出会うということが大事です。そこに、特別な知識などいりませんし、上から目線でいる必要もありません。身内笑いがあふれる劇場に用はありません。外に出ていくために必要な一歩目です。
ここからどうなるかわかりませんが、この上演ができて関係者の皆さんには感謝しかありませんし、特に役者は素晴らしかったです。アフタートークで来ていただいた、批評家の佐々木敦さん、そして映画監督の三宅唱さん、刺激的な面白い話ができて嬉しかったです。ありがとうございます。会場オーナーである京都のオオニシさん、桜台のシミズさん、お世話になりました。
このようなかたちで本公演をまたやるかどうかはわかりませんが、どこかでお会いできるように、新しい時間を始めます。

そして、すでに動いてます。
これから稽古です。
4都市ツアーで日本の西へと向かいます。浜松、京都、小倉、大分でやります。松本一哉さんと役者たちと回ります。大分舞台芸術フェスティバルへと参加するためです。やるのは夏にやった『黒と白と幽霊たち』です。各地の皆さん、よろしくお願いいたします。

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わたしたちは無数に存在している。
崩壊するために存在するような弱い存在がいる。
別の意思を持つものは囲いの外に追い出される。
右だけが動いている。
全体の一部に入りえないものを入れ込む。インストールして動かなくなることになっても構わない。入れてみると、軋む、淀む、違うものになる。そんなことは一向に構わない。「なんでそんなことするの?」、という問いかけには真っ向から微笑んでみせる。そのものが崩壊しても死にはしない。時が流れているとしたら、また違うものになって崩壊する。弱さは強さだ。強さは弱さだ。そこからも離脱する。
どんな状態であろうと、あるものが、何よりも雄弁だ。
感じることから離れる気などない。

メンバーの橋本さんがミクニヤナイハラの舞台で中国に行っていたので稽古は中断して、今は再開。
今日が10日目、本も持たずそこで生み出せるものを見つめ続ける。
昨日は新穂くんや黒木さんが来てくれた。
稽古って言葉はしっくりこない。ひたすらつくっているけど、うまく言葉では説明できない。続けることは強い、でも、どこかで終わりはくる。その日までは運動体でいく。その場を掌握するよりも開放するという意思がある。今回の出演者はみんな感度が高い人たちで、クリエイティブでいるから色々と面白いことが見つかる。空を見るように、風景を見るように、そこにあるものを見れたらと思う。
からっぽの空間に、わたしたち、という言葉の傲慢さと可能性を見つめて突き抜けることがやれたらと思う。